【2026注目の逸材】
坪井心汰
[愛知/6年]
北名古屋ドリームス
※プレー動画➡こちら
【ポジション】投手、一塁手
【主な打順】三番
【投打】左投左打
【身長体重】158㎝51㎏
【好きなプロ野球選手】大谷翔平(ドジャース)、今永昇太(カブス)、中田翔(元中日ほか)
※2026年7月18日現在


胸に秘む悔恨
0対1のビハインドで、最終6回表の攻撃は二死一、二塁。一打で同点、長打なら逆転という場面で、初球を打って一塁ゴロ――。
昨夏の全日本学童マクドナルド・トーナメント3回戦、北名古屋ドリームスの最後のバッターとなったのは、当時5年生の三番・坪井心汰だった。
「ちょっと大きいのを狙っていました。もっと謙虚にいけば、結果も違っていたかと…」

あれからもう1年になるが、悔恨は残る。あのときのマウンドにいたのは、後に阪神ジュニアとなる出色左腕の藤本理暉(京都・伊勢田ファイターズ)。1学年下の坪井はでも、長打を意識するだけの実力と根拠があった。
実はそのほぼ1カ月前、「全国大会壮行試合」で両チームは対戦。坪井はいきなり、藤本からサク越えアーチを放っていたのだ(=㊦写真※プレー動画ラスト10秒参照)。上級生の注目サウスポーから右翼70mの特設フェンスを越える、文句なしの一発を放った5年坊は全国大会に向けてこう話した。

2025年7月13日、当時5年生の坪井は京都・伊勢田のエースから右越え本塁打

「みんな都道府県を勝ち上がってきたチームで、なかなか大差の試合はないと思うので、気を抜かずにしっかりと頑張っていきたいと思います。通算本塁打は? 1年生から50本から60本くらい。全国では? 4本くらい打ちたいです」
迎えた2025年8月13日、「小学生の甲子園」1回戦で、坪井は三番・投手で全国デビューした。2021年には全国準優勝している新潟の地で、チームは2勝。坪井はバットでは思うような結果を残せずも、投げるほうでは2試合に先発してゲームメイクし、防御率0.00だった。
「ああいうレベルで抑えらたのは自信になりました」と振り返る坪井は、「ピンチでも慌てないところと制球力」と自身の持ち味を語る。

チーム所有のスピードガンでは、試合中の最速が102㎞から105㎞ほど。この左腕を5年時から投手陣の柱として起用してきた智将・岡秀信監督は、こう評する。
「めちゃくちゃすごいボールを投げるかというと、そうではないけどピンチで動じないし、フィールディングも、けん制もうまい。何より、ストライク率が圧倒的に高くて7割を超えている、その絶対的な安心感ですよね。どんなに良いピッチャーでも、それが65%を切るとゲームをつくれないので」



㊤3枚は1年前、㊦3枚は現在。「中日ジュニアに入って日本一になって、中学でも優勝して高校で甲子園に行って、プロ野球に入って最後の夢はメジャー。どんどん順番につぶしていきたいです」(坪井)



ちなみに北名古屋は、専用アプリを用いての個人成績の詳細な数値までを、スタッフ間で常に共有。客観的な事実の可視化により、指導陣の主観に偏ることもある評価を肯定したり改めたり、チームの特性や走攻守を分析できるようになっているという。
「坪井の打率は去年より1割以上も上がってますから。この1年でチームバッティングもできるようになっていますよね。ただ、放り込む力もぜんぜんある」(岡監督)

※青色の背番号1はセカンドユニフォーム

よく観察していると、投球コースに応じた打撃にも幅が見て取れる。ほぼノーステップでの体重移動から打つのが基本形で、投手のタイプや状況でそれも微妙に変化(=㊤写真)。さすがに逆方向へのサク越えはないが、鋭い打球を広角に飛ばしている。
「ノーステップ(基本形)は今年の春、打率が落ち始めたころに、自分で考えて練習してから試合でもやるようになりました」(坪井)


聞いてみるとマウンドでの制球力も、その日による波を本人なりに感じている。そして自ら微調整や修正をすることも珍しくないそうだ。
「コントロールが悪いときは、(3アウトで)ベンチに戻ってから、次のイニングはここを直そうとか、あれを意識してみようとか、考えてやっています」

能動的は性分。昨年10月に足首を疲労骨折した際には「好きな野球ができなくなる…」と危機感を募らせたが、最終的に自分にこう言い聞かせたという。
「ほとんど野球一筋でやってきてるし、絶対やめない!! 休んで家でダラダラしてるより、チームの練習に参加したほうがいい」

骨折もすでに完治し、全力でプレーできている

約2カ月間は患部を固定。片足で可能なトレーニングや上半身のストレッチ運動などをしながら、「ケガが治ったら何ができるか」という視点で仲間たちの活動を注視。そんな彼に背番号10を託した指揮官は、独特の言い回しで坪井の最大の長所を語る。
「立ち振る舞いというか、雰囲気ですよ。良いバッターに見えるし、良いピッチャーに見える。それって、すごく大事なことなんですけど、なかなか教えられてなるものではない」

不屈の一撃
次男坊の坪井は、6つ上の兄が学童チームに入ったときから、見よう見真似で壁当てや素振りを始めて夢中になったという。そして、未就学児にも門戸を開いている、北名古屋の『キッズ』クラスの一員となった。

段階的な育成システムの下で、坪井は順調に成長。やがて学年やチームの顔となり、今では県や東海地方を代表するような二刀流選手に。一方でそんな息子に、両親は「何でだろうね?」と首をかしげることがあるそうだ。以下は父・満さんの弁。
「息子(次男)はどんなに試合で活躍しても、家で『すごいでしょ!』とか言わないんです。良くなかったときも何も言わない。逆に親からも『あれしなさい!』『こうしなさい!』を言ったこともないんですけど」

チームの活動は週末と祝祭日のみ。平日は父子でティー打撃やシャトル打ち、ピッチングに励んでいる。以下、再び父・満さん。
「息子が自主練でこだわっているのが、最後の1本。ティーでもピッチングでも『ラスト!!』を必ず全力でやり切る。そうなったのは全国大会が終わってからで、『全国で最後の打者になったのが悔しい!』と、これだけはずっと言い続けてますね」

――今年の5月2日。勝てば全国出場となる愛知県大会の決勝。北名古屋は最終6回裏の二死まで、1対3でリードされていた。塁上に走者もなく、さしもの智将も敗北を覚悟したそうだが、打席の選手は諦めていなかった。
そしてカウント1―2から、右へサク越えアーチ。背番号10の坪井だった。
「当たった瞬間に入った!と思いました。去年はオレのアウトで6年生の全国が終わってしまったので、ここは絶対にヒットを打ってやろうという気持ちで打ったら、ホームランになりました」

ソロアーチなのでまだ1点負けていたが、主将の“不屈の一撃”で仲間も奮い立った。もう1個のアウトも許されないなかで、今井大が死球、今井悠が左前打、加藤航が二塁打で3対3に。そして代打の久保田結仁がレフトへサヨナラ打。マンガでもないような奇跡的な逆転勝ちで、4年連続8回目の全国出場が決まった。

「全国では、優勝してもしなくても、笑顔で終われるチームにしたい」
坪井のドラマは1年前、全国大会の幕切れから始まっていた。むろん、まだ結末を迎えていないし、さらなるクライマックスはこれからなのかもしれない。
(動画&写真&文=大久保克哉)